人は外見じゃない、中身だという名言は意外にも真理を得ているかも

名言・格言



 名言・格言なんて、大層なことを言うつもりはないが
これだけは言っておきたい言葉がある。

 それは

「人の本質は中身であって、表面ではない!」だ。


言い方を変えると

「人は外見じゃない、中身だ!!」に集約される。


 世の中の大半の人は、人の表面ばかりを見て、人を判断する。
 見ず知らずの相手に、自分をさらけ出せる人って、意外に少ないからね。

 そのため、ひとたび事件が起これば
こんな事件を起こすような人には見えなかった。

 普通に、愛想の良い人でしたよ。なんて言葉が出てくるわけだ。
 まさに「人の本質は中身であって、表面ではない」だね。

 どんなに正しくて立派なことを話していたとしても
心の奥底では、まったく別のことを考えているかもしれない。


 人の本性なんて、簡単に分かるものではないのだ。


 ただ、本当に心の底から発せられた、強い気持ちがこもった言葉なら
見た目の容姿に関係なく、相手の伝わる可能性があるのかもしれない。

 ところで、仮に、自分の会社や学校に
ちょっと小汚い人が入社、入学したとして
その人と仲良くやっていけると思います?

 大半の人は、嫌がりますよね?
風呂に入れ、キレイにしろと言いますよね?

 だけど、もしもその小汚い人が、大会社の社長とかだったら
手のひらを返したような反応をする人間が増加すると思いません?


 それこそが、その人の本質ともいえる行動ではないでしょうか?


 結局のところ、人は相手の容姿で相手を見極めている。
 相手の内面を見ないで、表面上ばかりを見ている人が多いのが現状。

 いつか、人と人とが、本当の意味で分かり合えたら
世界から戦争も無くなる……なんてことも……
あり得たりするのかな? あり得ると良いね。

関連記事

お気に入りの言葉を現実世界で誰かに言われたら?

現実と理想の差?



 現実でも2次元でもいいから、誰かお気に入りの人。

 その人が発した、胸を打つような言葉を聞いて感動したとしよう。

 後日、自分のクラス・会社に、感動的な言葉を発したその人と
まったく同じことを言う人が現れたらどうする?


 ①受け入れる
 ②否定する


 ①の場合、友達になれる可能性があるだろう。

 もしかしたら、同じモノを見て
その言葉を好きになったのかもしれない。

 だから、共通の話題で盛り上がること請け合いだろう。

 問題は②のほうだ。

 この手の人は、相手によって態度を変える性質がある。
 さらに、その性質上、女性の方が厄介だったりする。

 相手がイケメン・美女だった場合。

 自分好みの相手の場合なら、注意されるか
多少なりとも、機嫌を損ねる程度だろう。

 だが、普通以下の顔を持つ人物の場合
スルーされればいいのだが、スルーされずに声をかけられると
大抵、けんか腰で相手を威嚇してくる可能性がある。


 けっきょくは顔か? 顔なのか!?


 自分自身の好きなモノ、好きな言葉をバカにされた。茶化された。
 理由は様々だが、ガチで怒ることも少なくない。

 例を挙げるなら、だいぶ前に使われていた言葉。


「アニメ? 知ってるよ。萌えってやつだよね? 萌え~」


 かなりバカにされている感があるし、知ったかぶり感がムカつく。

 自分の好きな言葉やモノがバカにされて腹が立つけど
大人の対応をしよう? ケンカはダメ。落ち着こう。はい、深呼吸。

 もしも、そういった人と会ったことがない人は注意した方がいいよ。
 冗談交じりの一言で、相手がマジ切れするから。

 もっと単刀直入に、分かりやすく言うと
自分の子供や家族が他人に茶化されたら、腹が立つでしょ?


 それと同じ。


 自分にとって、大事だから茶化されたら腹が立つ。

 それをわかっていないのに、相手の大事なものを
冗談半分に茶化せば、そりゃ怒られて当然だよ。

 なので、冗談半分で相手を茶化すことは、極力控えましょう。

関連記事

もしも戦国時代に電話という概念が存在していたら?

戦国時代に電話があったら?



 戦国時代、言わずと知れた有名な時代だ。
(年号じゃないけどね)

 もしも、戦国時代に電話が存在していたとしたら
歴史は大きく変わっていただろう。

 情報の伝達は、飛脚や伝書など使わずに電話一本。
 間者から、容易に情報漏洩。
 城に忍び込んだ忍者も、電話で依頼主に近況報告。

 そんな近代的な時代になっていたのかもしれない。

 ……戦国時代の情緒もへったくれもないな。
 雰囲気ぶち壊しな予感しかしないぞ!?
 
 だけど、電話一つが存在するか、しないかで
大きく歴史が動く可能性は十分にある。

 そんな幻想を抱くのも、一興かもしれないな。


 もしも、電話が戦国時代に普及していたとすれば
真っ先に考えられるのは、情報戦の進化だろう。

 そういう意味では、現代と変わらないのかも?

 情報が早く届くようになれば、戦の速度も向上する。
 伝令を待つ必要性が無くなるからね。

 ということは、伝令役は廃れていったはずだろう。

 となれば、伝令役も戦に参加することになるはず。
 もしかしたら、伝令役の人物が歴史に名を残す。
 なんて、偉業を達成して、歴史を変えた可能性もあるわけだ。

 そう考えると、興味深いかもね。

 ほかにも、電話があった場合の可能性として
有名な桶狭間の戦いが出てくるかもしれない。

 この戦いも、電話が存在していたら
奇襲作戦は失敗していたかもしれない。

というか、ここで訂正が一つ。

 定説では、桶狭間の奇襲攻撃は存在しているけど
実はそれは間違いで、本当は正面攻撃を仕掛けたらしい。

 それが本当なら、今まで覚えてきた歴史が
間違いだったということになる。

 言葉一つで歴史が大きく変わることがあるから
歴史は奥が深いんだよね。

 さて、話を戻そう。

 戦国時代に電話が存在していたら
もしかしたら、歴史は本当に大きく変わっていただろう。

 技術レベルが現代とそん色が無かったら
武将たちがメールやLINEに夢中になって
戦をしなかったかもしれない。

 インターネットが存在していたら、引きこもりの
ニートのような武将も生まれたかもしれない。

 そんな武将は想像したくはないけど……。

 歴史で一番有名な、本能寺の変にしたって
明智光秀に裏切られ、追いつめられる前に
電話一本で、回避できていたかもしれないのだ。

 そう考えると、普段何気なく使っている電話って
凄いモノなんだって、改めて実感させられる。

関連記事